2012年12月31日月曜日

トイレ掃除で一隅を照らす


2012年もあと僅か・・・

大晦日は一年を振り返る時間だとおもいます。

振り返ると、

2012年は「トイレ掃除」に終始した年といえます。

しかし、トイレ掃除一つでも深めることができるものがありました



人は、天下国家の事を話題にします。

そんな話題を口にする人を見ると、私は鍵山さんの言葉を思い出すんですね。


「ただひとりの人に正しいことをするより幾千の人たちのことを心配することのほうが楽なのです」

・・・思うだけなら、なんでもできます。

世界を平和にすることも、死んだ人を生き返らせることも、

過去の失敗を取りけすこともできます。


しかし、現実は、目の前のたった一人を救うことからはじめなければなりません。


「世の中をよくする」とは、私たち一人ひとりの心がけからはじまるんだと強くおもいます。

たとえ、どんな小さなことでも

一人ひとりが自分のできる事をやり始めて、

継続する事の大切さ、尊さを感じています。


「世の中をよくする」

そんなテーマを自分の中に据えて、

若輩ながらこれまで生きてきたつもりですが、

そのヒントがトイレ掃除にはありました。

トイレ掃除を通じて、周りに想いを伝えることができる。

事実、Facebookを通じて私の「想い」に共感いただける方々のご縁をいただきました。


私には、誰もが熱狂するような大きな事はできないかもしれません

しかし、目の前のたった一人、組織、

もしくは、自分の周りの人をよくしていく、変えていくことはできるとおもっています。


「照千一隅 此則国宝」(最澄)
・・・一隅(いちぐう)を照らす、これ則(すなわ)ち国の宝なり

最澄の言葉からもあるとおり、世の中に絶望する前に、

自分の周りの人、自分の会社、自分の属するコミュニティからよくしていきましょう。

自分への戒めも込めて…


2013年は一人一人が自立心をもって、

一隅を照らしていけたらいいなと・・・おもっています。

そして、その動きをさらに促進させていきます。

一人ひとりが自立して世の中をよくすること・・・

それが、私の「デザイン」であり、

人生の目的です。


世の中はさらに激動の中、混迷を極めていくでしょう。

その中にあっても、揺るがない強い意志と、成し遂げる価値ある志を旨に、

新年を迎えましょう。


それではみなさん良いお年を・・・・!

2012年3月21日水曜日

掃除と問題解決


ここ1年、沖洲地域のゴミ拾いをして出会ったHさんのエピソードです。

ゴミ拾い仲間のIさんとゴミが多い所を探していた時でした。

とある土地に大量の粗大ゴミが捨てられている箇所があったのです。


その土地の所有者のHさんは誰かの嫌がらせにより、

自分の土地にゴミを投棄され続けられていました。

Hさんははじめ、警察に頼んで犯人を捕まえてもらおうとして大変憤慨していました。


その時のHさんは表情も固く、疲れているように感じました。


そこで、私はゴミ広い仲間のIさんと協力して、投棄されたゴミを片付けに着手しました。

ゴミ収集所で回収してくれない粗大ゴミは

市役所の職員さんと協力してすべて撤去しました。


そして、ゴミが捨てられていた場所に鉢植えを飾り、花を植えました。

そうすることで、以来そこにゴミが捨てられる事はなくなりました。

Hさんの表情は明るくなり、生き生きとしてきました。


おもいやりの心をもって掃除をしつづけた事によって、

Hさんはゴミが片付けられ、犯人はゴミを捨てなくなったのです。


Hさんが犯人探しを続けていたら、今でも問題は解決していなかったとおもいます。

犯人探しや責任追及は決して根本問題を解決しないという事です。

大事なのは、目の前の問題を、思いやりをもって向き合う事だとおもいます。

2011年6月6日月曜日

心の自立 願望と意志へ 全人的決意 を読んでの感想

朝の勉強会も第二ステージへ。

心の自立をテキストに行っています。

以下、これまでの感想をまとめたものです。

すこしづつ紹介していきたいとおもいます。


(感想)

・私は意志を持つには環境を整えるのが大切だと思いました。そして、世の中には、意志が伴わない願望が多いと思いました。でも、その何かしたいっていう願望がないと意志は生まれないなと思いました。

・「願望と意志」は表裏一体な気がしました。色々と意見を交わしましたが、この二つは繋がっているものだと思います。『願望がなければ意志は生まれない』って話しがたくさん出ましたが、私的には『意志を貫きたい為に願望が生まれる』んじゃないかと思います。だから、それ以外は願望でも何でもなくてただの想像や妄想や空想止まりなんじゃないかなと思うんです・・・そこに自分自身の強い気持ち、はたまた意志が生まれで、願望につながり、そしてまた意志になるんじゃないかと・・・難しくてごちゃちゃしますが、私はそう思いました。要は気持ちとか、やる気の大きさ・強さで「願望と意志」はどうにでも持っていけるんじゃないかと思います!

・「願望と意志」についてですが、願望があるからこそ意志ができると思います。意志がなくても人は生きていけますが、願望がなくては生きていけない気がします。本当の意志を決した人はそれをやり遂げた後にそれが意志だったんだと実感できるのではないのでしょうか。



・願望と意志を読んだ感想ですが、よくよく考えてみると自分の頭の中は願望ばっかりということに気がつきました。願ってはいるけど、それが叶うようなことはしていないなあと改めて実感しました。意志を貫くにはそれなりの根性が必要だと思います。願望はただなにもしなくても考えているだけなので人の自由です。それを実現するかしないかは自分自身との戦いなのではないでしょうか。
とりあえず、自分自身強い意志が持てるようになりたいと思いました。


・意志と願望についてですが、わたしはいつもあれがしたいこれがしたいと思ってるだけで終わってしまうのでその願望に意志がついてこれるような行動力がほしいなとおもいました。

・私はこの本を読むまで意志と願望の違いを深く考えたことはありませんでした。私に何かに対する強い意志がこれまでにあったとしたら違いなんてすぐにわかったんだろうなと思いました。ああなりたい とか こうなりたい とかは今までたくさんあったけれど絶対にこうなる!!!と決めて実行したことは数えられる程しかありませんでした。願望を抱くことは簡単だけど、それを意志へと変えて行動に移すことはとても難しいことなんだなということに今更ながら気付きました。その願望を意志に変えて、強い意志を持つにはどうしたらいいかというのは今いろいろ考えていますがまとまらないので時間をかけて考えながら意志を持つが出来たらいいなと思います!!!

・願望とは、頭の中で考えるだけで終わること。意志とは、頭の中で考えたことを、行動まで示すこと。だと私は思いました。活字を読んだのは久々だったので、まだきちんと本の内容を理解できてないと自分で思いました。土日に家でじっくり読んでみたいと思います。読書も考える力を養うには必要なんですね・・・

・意志の伴う願望は、その願望をかなえるためにきちんと計画を立てて、準備している状態が意志を持った状態だと思います。しかし自分の今の状態を振り返ってみると、きちんと意志を持った願望の方が少ないような気がします。漠然と求めているだけで、そこにたどり着くまでの経過のない願望です。ひとつひとつの願望に対してきちんと意志を持つことが大切だと本を読んで思いました。

・願望とは、ただ、漠然とした望みであり、この望みをかなえようとする強い思い。つまり、意志の無い願いであると思う。願望を手に入れるには強い意志がないと手に入らないと思う。

・自分はなかなか願望が多いかなと思います。願望は妄想に近いものと、グループで話しましたがその通りだと思います。しかし願望は意志につながると思います。そして、私は意志から行動につながっていくものだと思います。今の私は願望が多いだけで意志にはなれていない状態が多いので、意志につなげて今度は行動することができるようになりたいです。

・願望は頭で考えて行動にはなかなかしないイメージ。意志は目標もあってそれを行動にうつせてやりとげるイメージだと思う。

・強い願望から意志にかわるんだと思います。ただ独り言のように呟いた願望に、かなうはずのない願望に、意志につながる力はないと思うのです。~~が欲しいと言葉に出す事態が他力本願なのかもしれませんね。意志につながる願望は言葉として出す前に自分の中の目標につながると思います。

・願望と意志を読んでいて思ったことは、自分は「夢想的願望」が多いかな、ということです。「あれをやろう、これもやりたい」と思いつつ、実際は何もやらないことが多いです。意志を持たないとどれだけ願望があっても実行できない…自分は意志が弱いってことですね。

・私が今まで言ってきたことは意志ではなくただの願望だったんだなあと思いました。ただの願望にせずそれを実行できるようにしたいです。

・本を読んでいて、そういえば、病院で病気の自慢し合ってる人が良く居るよなぁと納得しました。願望があるがそれを意志に出来ない人が4つのタイプに分けられるのが分かりました。最初から大きな願望を持つのも良いのですが「明日はこれをやろう」とか小さな願望をひとつずつクリアして、できなかったら何故できなかったかを思考し、次に活かす。それを繰り返していくことで、強い意志を
持てるようになり、困難に直面しても方向転換ができるようになり、物事を成し遂げられるようになるのではないかと思いました。

・普段生活していて「願望」と「意志」を区別して考えたことなどなかったので読んでも「なんだこれ難しいなあ」と純粋に思ってしまいました。ただ、なんとなくですが、願望=~~しようかな、意志=~~する!ぐらいのニュアンスの違いがあるような気がしました。あるいは最終目標が願望だとして、その第一歩の行動が意志なんじゃないかな。


・『願望と意志』とは、『願望』が自分でしたいと思った事で、『意志』は『願望』で実現したいと思った事を現実で実行しようと思い実現する手前の事だと思う。私がイメージする『願望と意志』は、いわば『準備体操とスタートライン』と置き換えている。準備体操はするがスタートラインに立たなくては意味が無い。スタートラインに立って初めて『実現』というゴールにたどり着く権利が持てる訳だと私は思います。

次回は2011年6月12日(日)に開催します!

次回は2011年6月12日(日)に開催します!
金子邸を掃除します!

日時:2011年6月12日(日)17:00〜18:00
場所:茨城県行方市沖洲1548(藤代デザイン事務所前集合)
持物:軍手、デレッキなど

2011年5月26日木曜日

次回は2011年5月28日(土)に開催します!

次回は2011年5月28日(土)に開催します!
金子邸を掃除します!

日時:2011年5月28日(土)7:00〜9:00
場所:茨城県行方市沖洲1548(藤代デザイン事務所前集合)
持物:軍手、デレッキなど

2011年5月11日水曜日

不動を尊べ

身悶え苦しんでも動いてはいけない、自分や他人から出る欲情に左右されてはいけない。自分の心から出る悩み、恨みつらみ、他人から与えられるストレス・・・人は、大変なストレスの中で、ストレスに焼かれてしまうことで滅びるのだ。一事を成就するには、大変なストレスの中にあっても、忽然と動かないことだ不動尊の両手にあるのは、自分の心を縛る縄、弱い心を切る剣だ。by二宮尊徳

自分を蝕んでいるのは、

自分自身だ。

それに気がつかないと、

自滅してしまいます。

弱者や高齢者を切り捨てれば、日本はよくなるか。

弱者や高齢者を切り捨てれば、日本はよくなるか。決してよくはなりません。三人いる子供のうち、ひとりに重度の障害があったとして、では、その子供が早く死んでしまえば家族が幸せになれるか。決して幸せにはなれません。弱者や高齢者を引き受けて、守り抜いていったとき、初めて幸せを実感できるものだとおもいます。(「ひとつ拾えばひとつだけきれいになる」 より)

地域に問題が起こるのは必然です。

乗り越えなければいつまでも停滞するままです。

高齢な方が多く住む地域だからこそ、

問題解決の為の知恵が必要なのです。